TRICERATOPS
初めて聴いた彼らの曲は「マスカラ&マスカラス」だった。

「君がマスカラつければ 僕はマスカラス
こんな関係だって 二人は一緒だね ずっと」

なんだかよくわからないけれど、異様にかっこいいギターの音と甘いボーカル、歌われるちょっとユーモアも感じられるくらい飾り気のない「ラブソング」な歌詞に、ちょっと体温が上昇するのを感じた。
雑誌に載っている写真を見てももの凄く普段着で、地味だった。妙にこぎれいな外見も、ボーカルの長髪もそのころのほかの若手のロックバンドとまったく違う美意識を持っていることが強く伝わるものだった。

僕の中で一番強く印象にあるのはそのビートの新鮮さだった。洋楽好きな人ならそんなに新鮮でないかもしれないけれど、あのころあんなにヘヴィーなビートのロックはメジャーなところでは奥田民生くらいしかいなかったし、それでいて踊らせるポップネスを持っている音楽なんて完全に異端だった。
もちろんこの90年代後半の時期は、J-POPの激動期で、宇多田ヒカルやDragon Ash、椎名林檎といった新しいフィーリングで音楽を作る存在が次々とシーンに登場してきたときだった。いろいろな面で価値観が更新されていった時期だったと振り返って思うけれど、唯一あまり変化のなかったものは歌詞だと思う。
誇張して何かを語ることが人の感情に強く訴える、という認識は少なくともロック界隈ではどんどん確かな真理であるかのように扱われていたような気がする。
そんな中で
「僕のルーク・スカイウォーカーのTシャツは君だけを抱くのさ」
と歌うロックバンドはどれだけ異質なものだっただろう。

愛や勇気や希望や絶望や夢や現実といった言葉は簡単に言葉に出せても、そこにはっきりとした実感を持たせることのできる表現が、世の中にどれだけあるだろう。その言葉を出すことで逆に作品が薄っぺらくなるのなら、出さないほうがいい。
トライセラの歌詞はこのうえなく個人的なストーリーを語り、明快な答えなんてないこと、いっつも視界は曇っていること、確信がもてないことを歌い、しかしちっとも自分が不幸だなんて運がないなんてかっこ悪いなんて思っていないのだ。いつだって自信を持ちたくて、たまに自信を持ってでもやっぱりがっくりきて、また歩いていく。そんな主人公を歌う。
そんななかでふと浮き彫りになっていくなにかは、すっと心に忍び込む。強くリアルな手触りを持つ表現が、どれだけ心強いことか。

最新アルバム「THE 7TH VOYAGE OF TRICERATOPS」は、そんな彼ら独特の表現が、抜群に冴え渡っている。もともとシンプルながら、広がりを感じさせる大きな空気感をもっていたサウンドはより躍動感を増し、曲調はさらに振れ幅が広がり、より表現を深くしている。前作はロックバンドとしての強靭な体力と攻撃性が発揮されていて、突き進む決意が感じられる強いアルバムだった。今回はそれに比べて、音がずいぶんと優しい。全体を包む空気が柔らかい。歌われる歌詞もかなりしなやかに、弱い部分もさらりと表現されている。
自分が弱い存在であることを認めた主人公が語る決意は強い。カントリー調の曲とか、そこはかとなくユーモアがちゃんと入っているあたりも非常にバランスが取れていて、日常感がある。生活に寄り添ってくれる優しさをもったロックアルバムといった感じがする。

最近のインタビューでもバンドが語っているとおり、一回りして自分達の王道に戻ってきた感もあるけれど、明らかにらせん状に一段上に昇っている手ごたえが感じられるアルバムだ。
でもこの次はどうなるかわからない。なんでかといえば、それは人生と一緒でリアルな表現であればあるほど予定調和にはならないからだ。
だから信頼できるんだと思う。
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by kngordinaries | 2005-03-07 21:36 | 音楽


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