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重力ピエロ 伊坂幸太郎
春が2階から落ちてきた。

という冒頭の一文はあまり好きじゃない感じだと思った。
なんかくさいせりふだと思った、思ったけれどそれこそが作者の狙いで、次からの数行を読めば、うわっやられた思う壺だった、と思わされる。それがとてもミステリ的なおもしろさに満ちていて、まずはそこからこの作品に引き込まれた。

伊坂幸太郎の小説はこれが初めてだった。
ある作家に出会うとき1作目はかなり重要だ。すでに本屋さんにたくさん著書が置かれていて、文学賞受賞という帯もいくつかについている人気作家なので、どれから手をつけていいか迷った。結局、冒頭数行を読み比べて「重力ピエロ」を選んだ。

最初の一文からしばらくは一人称の「私」の昔話なのだけど、独特な人物たちとちょっとひねた世界観ときれいに整った文体がいきなりとてもおもしろく感じられた。一時代前の小説にありがちだった妙にインテリで雑学に詳しい登場人物たちの小粋な会話が展開され、しかしどこかしら現代的な雰囲気がありとても独特な雰囲気がある。
基本的にはとても暗くて陰惨で、救いのない物語なのだけど、テンポのある文体と主人公たちのからりと澄み切った心の持ち様がそんなことを感じさせない。

「ふわりふわりと飛ぶピエロに重力なんて関係ないんだから」
「そうとも、重力は消えるんだ」父もそう言った。
「どうやって?」私が訊ねる。
「楽しそうに生きてればな、地球の重力なんてなくなる」
「そうね。あたしやあなたは、そのうち宙に浮く」

タイトルにこめられたものが小説全体に滲んでいて、揺るぎないメッセージを感じた。

後半の怒涛の展開が、なぜか少し物足りなかった。
まず、すでに冒頭からの流れで想像がつく範囲でしか、物語が転がっていかないのだ。一通り事実が分かった時点で、さあここからどうひっくり返すかと思っていたのにそのまま終わってしまった感じがした。あれが答えならば前半の話の展開をもうちょっと違う視点から進めないと、と編集者のような気分になってしまった。
もちろんそれは僕がミステリ好きだから物足りなく思うだけで、正攻法なストーリーとしては申し分ない。
ただ、もう一つ気になるところがある。それは物語の核心になってしまうのだけど、「罪と罰」についてだ。詳しくはネタバレになってしまうので書けないけれど、あのラストはとても違和感を感じた。確かに爽やかだし、家族3人の関係性が凄くしっかり描かれているし、話の筋は主題からブレがない一貫した物語だ。それだけにあのラストでは、この小説全体がなんだか信用のおけないものになってしまう気がした。
この小説はロジカルな本格ミステリではないし、薄っぺらい2時間サスペンスでもない。深くて重いテーマを持って書かれているはずだ。そうだとしたら、あの爽やかですっきりしたラストは、なんだか逆に救いがないような気がしてしまうのだ。

それが作者の意図なのかどうかは分からない。ちょっともやもやが残るラストだった。
by kngordinaries | 2005-03-09 01:07 | 小説


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