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容疑者Xの献身 東野圭吾
読後、ぐっちゃぐちゃな気分になった。

実に陰惨で救いがない話だと思う一方で、なんて純粋で真摯な犯人だろうとも思った。

物語の中心人物は石神という高校の数学教師だ。
いろいろな事情があり高校教師をしているけれど稀有な才能を持った数学者、という設定。彼が想いを寄せる隣室の女性が思いがけずに殺人を起こしてしまう。彼は自ら事件の隠蔽を買ってでる。

石神というキャラクタの特異さは物語の前半からはっきり提示されているけれど、話が進んでいくにつれその異常さとその決心の強固さがじわじわとみえてくる。その衝撃的なまでの愛情と献身は、とても低いトーンに包まれているこの小説にひりひりするような熱を与えている。
彼に対するのは物理学者の湯川。かつて学生時代友人同士だった2人が犯人と探偵となってその真相と対峙していく構図も悲しく、狂おしいほどにスリリング。


※この先、ネタバレがあります。読まれてない方は絶対に読まないでください。



この小説の肝はほぼタイトルに集約されているといっていい。
数学の方程式のように論理的ですっきりとした解答がある。そしてその解答にたどり着かせぬよう張り巡らされた誤解答への道筋は、全て愛する人を守りぬくためのものだ。そこにはありえない自己犠牲の精神があり、その思いの深さは理解しがたいほどに強い。

ミステリとしてはいわゆる大どんでん返しのある超ド級のトリックが用意されているのだけれど、そのトリックの全貌が現された瞬間解かれた結果、上記のような石神の熱情があらわにされる。
ミステリとしてのカタルシスを感じた瞬間に訪れる恋愛小説としての狂おしいドラマに、今までに感じたことのない慟哭を感じた。

しかし、それだけに荒唐無稽な物語に感じられるところもあった。
石神の思考、選択、行動には確かに感動を覚えるけれど、しかしその動機はとてもエゴイスティックなものだ。自分が救われた、だからその相手を救いたい、彼はそう願うけれど、彼女は最終的にはそれを拒むことになる。
彼の献身は、彼自身を汚し、貶め、全てを失うものだ。だからその想いが純粋な献身、自己犠牲である、なんて僕にはとても思えなかった。彼の決断は彼の友人や彼の愛する人を苦しめ、なんの罪もない一人の人間の命を奪った。それはとても残酷だ。自分のある種のけじめ、満足のために彼はそれを行ったのだから。

この小説の後半を、僕は夢中になって没頭して震えながら読んだ。そしてなんだかわだかまりを抱えてその悲しい結末を読み終えた。

究極の状況や設定を用意し、いびつで歪んだところから生まれる純粋な感情を描いたエモーショナルな小説。
すでにたくさんの名作を残している著者にとっても新たな代表作になること間違いなしの傑作だと思う。
by kngordinaries | 2005-10-21 01:43 | 小説


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