カテゴリ:小説( 23 )
灰色のピーターパン 池袋ウエストゲートパークⅥ 石田衣良
灰色くらいが、ちょうどいい・・・
ちょっとは汚れて生きてみよう!

なんだか寅さんシリーズや、こち亀のような老舗感がちょっと漂いだしたIWGPシリーズ第6弾は、タイトルからしてずいぶんとベタな印象を受ける。
初期のクールでドライな重くないハードボイルド小説といった色合いはだんだんと少なくなり、そのぶん人情やユーモアが全体を支配してきているような印象。

とはいえセンテンスを短く区切り、ざっくばらんに、少し気取った語り口で、テンポよく言葉を転がす一人称のマコト節は健在だ。
元コピーライターである作者の紡ぐ言葉は、その一つ一つのフォルムが小粋で、妙に心にひっかかる。C級コピーライターとして有名な糸井重里氏もそうだけれど、短い言葉ひとつを商品にしてきた人のセンスというのは一体どんなことになってるのか、といつも不思議に思う。言葉は恐い。
「おれだってわからない。いっしょに考えてみよう」

盗撮映像を売りさばく小学生が登場する表題作「灰色のピーターパン」に続いて収録されている短編「野獣とリユニオン」のテーマに引き込まれた。このシリーズでも何度となく描かれている「罪と罰」について、それのみにフォーカスを絞った力作だ。
加害者によって人生を大きく狂わされ、絶望を味わった被害者は、加害者を許せるか。その加害者が別の物語の中では、悲劇の被害者だったりしたら、どうだろう。
強く突きつけられる難しい命題と、少し出来すぎた美しいこのフィクションの結末に、現実に生きる読者は何を思うだろう。
そのまま、なんとかその場でステイしろ。むこう側に落ちるんじゃない。

おれは立派な人間というのがどんなものか、そのときに教えられたのだと思う。人間が野獣に対するとき、どんな態度がもっとも人間的なのか。憎しみを返すために棒でたたくか。目を見て話をするか。実はそれが、あんた自身をケダモノと人間に分ける細かくかすかな線なのだ。

なにかを芯から理解するには、おれたちにはストーリーが必要なのだ。

これは、今の時代のどんな小さなことにも、もちろん地球規模の大きなことにも、大いに関係する大きな問いかけだ。
僕は決してこの小説が、その問に対して特に素晴らしい解答を導き出せているとは思わないけれど、この小説を読むたくさんの読み手に向けて、あくまで身近で分かりやすい具体例を用いて、当事者感覚でその問いかけを認識させることに成功していると思うし、それはエンタテインメント小説として素晴らしい機能の仕方だとも思う。

とりあえず今の時代の問題意識を存分に秘めながら、携帯片手に池袋のストリートを駆けるトラブルシューター真島マコトの物語の続きが、まだまだ気になる人気シリーズ第6弾。
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by kngordinaries | 2006-07-28 00:33 | 小説
チーム・バチスタの栄光 海堂尊
『このミステリーがすごい!』大賞の第4回大賞受賞作である今作。
その賞自体が権威ある賞であるかどうかは分からないけれど、なんとなくこのタイトルや黄色を基調にした装丁やコミカルとリアリティのある医療ミステリという評価が気になって、読み始めた。

※一応、新刊のミステリなので断っておきますが、この先でネタバレ的表現がある可能性があります。ご注意ください。

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by kngordinaries | 2006-03-12 01:23 | 小説
ねじの回転 FEBRUARY MOMENT 恩田陸
この作家の作品を始めて読んだのは「夜のピクニック」だった。じんわりとした感動と青春の風景を切り取ったような瑞々しい世界とそのきれいな文章が素晴らしかった。

次に読んだ「ドミノ」で印象は一変する。
様々な状況と登場人物が配置され、まさにドミノ倒しのように連綿と連なる抱腹絶倒のパニックコメディは、その構成力の巧みさは「夜のピクニック」と共通しているものの、かなり趣きの異なるおもしろさで魅了してくれた。

恩田陸とは一体どんな作家なのか、それが気になって雑誌の恩田陸特集なんかも眺めてみたけれど、わりと多作でジャンルレスでそのどれもが高水準、ということしかわからなかった。
きっと職業作家としての努力を惜しまず、もともとが本の虫というような人なんだろうと想像。

本作「ねじの回転」は文庫本の解説を先に読んで分かっていたのだけど、「直球ど真ん中、ガチガチの、バリバリの、」「どこから見ても堂々たるSF」ということらしい。
SFというとアーサー・クラークくらいしか思い浮かばない人間としてはバリバリのSFといわれるとちょっと身構えてしまうところがあるけれど、ずっと興味のあるジャンルでもあった。

冒頭、monologueやfragmentという章立てでいくつかの時代設定や人物設定の分からない挿話がまずこちらを撹乱させつつ引きこませる。とてもSF的なわくわく感なのかもしれない。
その後、ようやく始まる本編はのっけから凄い展開を見せつけていく。
舞台は「二・二六事件」だ。この4日間に渡る出来事が史実どおりに行われるよう「再生」を繰り返し、まともなかたちで「確定」させようとするタイムトラベルもの。

実際の歴史の登場人物数人がその計画に加担し、史実どおりに行動する姿と、それを見守り「確定」か「不一致」かをチェックする未来の人々の姿が、交互に描かれ、その中で時間を移動すること、歴史に介入すること、等々のややこしい設定が説明されていく。
しかし、SFにありがちな小難しい科学的用語の登場はほぼなく、「シンデレラの靴」や「懐中連絡機」「シールド」といった存在ですっきりとわかりやすくこの物語世界のルールが理解できる。

そうなったらあとは怒涛の展開だ。時代を生きるものの思惑、未来を生きるものの迷い、正体の分からないハッカーの存在、明らかに史実と異なるのに「不一致」と判定しない「シンデレラの靴」の不思議、蔓延する病、謎の暗殺者、といったものが複雑にからまりスピーディーに緊張感ある状況を連発し、一瞬も目が離せない。
これはおもしろい!とページをめくる手が止らなくなる。

SFはおもしろい。
なんといっても未知の世界というものは魅力的だし、ありえない状況をいくらでも作り出せるわけだ。しかしそこにはある程度そこにのめりこませるだけの説得力と設定の理論的な説明がほしい。それさえあって荒唐無稽でぶっとんだ物語が展開されるのであれば、それは夢中になるしかない。
しかも優れたSFはその未知の世界を楽しみたい、という気持ちのなかにある人間の無限大の探究心や好奇心を肯定しつつ、それが一歩間違うととてつもなく危険であることを、横っ面をはたいて教えてくれる。そのビリビリとしびれるような痛みが、ただ夢物語に没頭するファンタジーよりもすっきりとしたクリアな心地いい読後感を与えてくれるわけだ。

「二・二六事件」を扱ったタイムトラベルものというと宮部みゆきの「蒲生邸事件」という傑作がある。あれは直接的に史実を描いているわけではないし、ドSFというよりはSFミステリであるけれど、どちらも甲乙つけがたいくらいおもしろい作品だった。

これからも恩田陸作品はどんどん読んでいきたいと思った。はずれなし。

あと「二・二六事件」というものにもちょっと興味が湧いた。高々70年ちょっと前に日本で起こったクーデーター。若者たちがこの国を変えようと決起し、一時は本当に国を揺るがし、結局鎮圧された事件。物語の中でもここが日本の、世界の歴史の転換点の重要な一つとして描かれている。
機会があったらその辺のことをもうちょっと知ってみたいと思った。
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by kngordinaries | 2006-02-12 18:54 | 小説
誰か Somebody  宮部みゆき
 彼女もわかっていたのだ。言われるまでもなく、心では知っていた。それでも、誰かの口からそう言ってほしかったのだ。
 わたしたちはみんなそうじゃないか? 自分で知っているだけでは足りない。だから、人は一人では生きていけない。どうしようもないほどに、自分以外の誰かが必要なのだ。

初めて宮部みゆきの作品に出会ったときの印象は今も鮮烈だ。
「レベル7」といういわゆる記憶喪失もの。その謎に満ちた不可思議なプロローグ。目覚めたら記憶が失われていた、という普通誰も体験していない感覚を驚くほどリアルに感じさせる言葉の連なり。一瞬にして引き込まれてしまった。

宮部作品のいいところを説明するのは難しい。いいところがないのではなく、その逆。小説を構成する要素の全部が全部、素晴らしいからだ。
よく言われるところだけど、あるストーリーをどの視点から語るか、の判断がまずもの凄くうまい。続いてストーリーのどこから始めてどう流れを作るかがうまい。言葉の使い方がきれいで、文章のテンポの緩急の付け方が素晴らしい。肝心のストーリーはもちろん完璧で、伏線の張り方も巧みで重層的なのにわかりやすい。そして伝えたいことをちゃんと全て伝えきるところが爽快。下町育ちという作家の人間性も行間からうっすらと感じとれるし。
ということで宮部みゆきを評した文章は、誰が書いても絶賛の嵐となってしまってどこがどういいの?の問には答えられなくなってしまうわけなのだ。
とにかく抜群におもしろい。

この作品「誰か Somebody」はもう2年前くらいの作品だけれど、宮部みゆきにとって「模倣犯」以降久々の現代ミステリだったと思う。「火車」や「理由」といった流れを汲んだ社会派ミステリの決定版ともいえる大作「模倣犯」のあとに登場したこの作品は、そのタイトルも含めて肩の力の抜けたミステリだ。

探偵役となる主人公の杉村三郎の設定がまずユニーク。
普通のサラリーマンであり財閥の婿養子で小さい娘もいるなに不自由なく、いや人より断然恵まれた生活を送っている中年男性。特に個性が強いわけでもなく才気があるわけでもない。
ミステリなので事件があるわけだけど、それも事件と呼んでいいのかどうかも最初は分からない。どちらにしてもそんなに大きな事件性はなさそうな雰囲気。

しかし、そこに生きる登場人物ひとりひとりの人生には大事だ。事件なんてカテゴリに属さなくても、ひとりの人間にとって重要なこと切実なことはいくらでもある。
丹念で真に迫る人物描写ができる作者でなければできない荒業といってもいいと思う。

「模倣犯」の次、という意味では随分とあっさりした印象だけれど、これはこれでより生活の中の闇と光というか、暖かさと冷たさをすっと差し出されたようでなかなか刺激的な作品だった。


個人的には「龍は眠る」や「蒲生邸事件」のようなSFミステリや「ステップ・ファザー・ステップ」や「今夜は眠れない」のようなコメディ・クライムの新作を読みたいところ。
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by kngordinaries | 2006-02-04 23:48 | 小説
私的 BOOK OF THE YEAR 2005
※この記事に関しては心の時計を1ヶ月ほど巻き戻してお読みください。筆者はその気になって書いてますので。



今年ももう終わりですね。師走というだけあって、毎日が足早に過ぎ去っていきます。

さて、年末といえば恒例、といってもまだ2回目の私的 BOOK OF THE YEARをやらねば年を越せません。年越しそばも喉を通りません。おせちなんて食べる気もおきない。

今年もいろいろ本を読んだ。以前に比べれば全然読んでいないほうなのだけど、去年(もちろん2004年のこと)よりは多少はいろいろと手をつけることができたと思う。
選ぶ基準は今年(もちろん2005年です)自分が読んだ本で面白かったもの。つまり実際に発表・刊行されたのがいつかは関係ない。
ジャンルは問わず小説、雑誌、マンガ、全部ひっくるめて10前後選んでみる。


野ブタ。をプロデュース    白岩玄
奥田民生ショウ2
ファイブ    平山譲 
夜のピクニック   恩田陸
時生    東野圭吾
吉井和哉のマル秘おセンチ日記   吉井和哉
働きマン     安野モヨコ
bridge      ロッキンオン
博士の愛した数式   小川洋子
夕凪の街 桜の国    こうの史代


小説は、今年はほんとにいい作品に巡りあえたので、逆にそれ以外のまずまず面白い作品は選べなかった。
恩田陸という作家は個人的に今年の発見。作品を選んでないけれど伊坂幸太郎も数作読んで今後も読んでみたい作家。このミス1位に選ばれた「容疑者Xの献身」もおもしろかった東野圭吾の作品は毎回ほんとにレベルが高い。野ブタはドラマから入った人はまったく違う作品で驚くと思う。シニカルなラストが忘れられない。「博士の愛した数式」はずっと心に残りそうな傑作。
それにしてもほとんど映像化されてるなー。

おセンチ日記は例外として今後興味があるのはおもしろエッセイ。今まであまり読んできてないし、その人の生活を覗き見る感じが面白いんじゃないかと。いつも読んでいる三谷幸喜のありふれた生活は来年頭に4が出るので恐らく1ヵ月後には読んでいるだろう。

マンガは前々から興味があった安野モヨコにハマッた。入り口は「監督不行届」という庵野監督とのオタク夫婦生活を描いたエッセイマンガ。これはオタクネタがわからな過ぎたけど、次に読んだ「働きマン」はおもしろかった。あと相変わらず浦沢直樹の2作は最高。

雑誌は、とにかく毎号軽く感動するくらい充実していたbridgeを今年も選んでみた。春から兵庫さんが編集に加わり、最新号の巻頭「桜井×藤巻」のインタビュアーも務めたり比重が増えていっているのもよかった。雑誌は基本的にロッキンオン系(JAPAN、ROCKIN'ON、CUT、SIGHT等々)が好きだけど、BARFOUTやEYESCREAMも最近おもしろいと思う。あと、滅多に買わないけどWhat's Inは音楽情報誌としてクオリティ高い気がする。

来年早々に「DEATH NOTE」というマンガを読んでみようと思っています。1月の終わりには大ハマリしてる様子が目に浮びます。でも1~3巻のおもしろさに比べて4巻でちょっと失速したな、と思ってる気がする。なんとなくそんな気がする。

来年も活字中毒者としての誇りをもって、読書に励もうと思います。




※ご配慮、ありがとうございました。心の時計をお戻しください。
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by kngordinaries | 2006-01-24 01:55 | 小説
ドミノ 恩田陸
趣向を凝らした小説を読むのがなにより好きだ。
文字と文字の連なりという限定された表現の中で、真に新鮮な表現に接することができたとき、その衝撃は忘れられないものになる。しかも得てしてそういった無謀な挑戦を果敢に行った作品は、普通に小説としても大きな魅力をもっていたりする。

そういった種類のものでまっさきに思い浮かぶのは筒井康隆の作品だ。
「朝のガスパール」の新聞連載小説であることを利用した読者参加型の多層構造のメタ・フィクション。そのとぐろを巻くような展開に舌を巻いた。
「『あ』が使えなくなると、『愛』も『あなた』も消えてしまった。」のコピーも鮮烈な、使用する言葉をだんだんに減らしていき、最後の一文字までちゃんと「小説」する超実験的長編「残像に口紅を」。言葉・活字好きにとってこれほど切ない言語遊戯はなかった。
さらに中島らものドラッギーでサイケな文章を初めて読んだときの衝撃は忘れられないし、本格ミステリの中にも小説の構造からひっくり返すようなトリックに出くわしたときは、反則だと思いつつもその遊び心には喝采を送った。

この作品も驚きの趣向で読者を楽しませてくれた。
まず冒頭、「登場人物より一言」というページがある。キャラクタの大まかな人物設定と一言が書かれているのだけど、キャラの総数は28(27人と1匹)もいる。
続いては東京駅内部とその周辺の地図。なかなか詳しく描かれている。
そして1ページのど真ん中に1行、次のような言葉を配してあり、小説は始まる。


人生における偶然は、必然である―――。



タイトルからも明らかなようにこれは「ドミノ」倒しに物語が展開するパニックコメディだ。
しかしその手法は普通のパニックコメディではなく独特で、冒頭で紹介される28のキャラクタが各々主人公クラスの物語が幾通りもあり、その話が東京駅という広大な、1日に数十万人が行き交う場所で交錯し、それぞれの駒を倒しあい、絡まって一つのクライマックスに集約されていくという荒業もいいとこなとんでもないストーリー。

なかなかに実験的な手法に、こちらとしてもどうやってまとめていくのか、ちゃんと成立しているのか、という興味を持って読み始めたのだけれど、すぐにそんなことは忘れてしまった。
前半のそれぞれがバラバラに展開する物語がそれぞれに魅力的なのだ。それでいて少しづつ伏線の張られていくことも示唆されていて、とにかくページをめくるのがもどかしい思いで没頭させられる。

驚いたのはその文体だ。恩田陸という作家を僕はよく知らなくて「夜のピクニック」という作品しか知らないのだけど、それの緩やかで繊細で深みのある筆致とは全く違う。
テンポよく、下世話で楽しく饒舌な語り口。それはこの手の小説にもっとも重要なポイントで、それに関しては個人的に赤川次郎ほど凄い作家はいないと思っていたのだけど、この作品の恩田陸も凄い。28のキャラクタとその物語を、読者を全く混乱させることなく読みすすめさせつつ、一つ一つのエピソードを心地よく楽しませることも忘れない。

食欲全開のときのざるそばのように、つるつると小気味よく読みすすめることができてとても楽しませてもらった。

最初に思っていた実験的な小説というイメージは読後にはあまり感じなかった。作者はスピーディーに疾走するお気軽なパニックコメディの傑作を書きたかっただけなのだろう。それには多くの人の多くの事情が絡み合うことがかかせない。
多くのキャラクタを書き分けることには相当な力量がいる。だから普通のパニックコメディは10人前後のキャラクタが絡むくらいになっていくわけだけど、そういう視点から見るとこの作家の、この作品の凄さがよく分かると思う。

なんにせよとてもさくさくと読み進むそのスピード感自体を楽しめる、最高のパニックコメディ。
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by kngordinaries | 2005-12-23 23:56 | 小説
博士の愛した数式 小川洋子
ずっと気になっていた小説だった。

まず多くの大型書店で、店員さんの手書きポップがとても心がこもっていたことで気にかかった。しばらくするとこの作品は第1回本屋大賞に選ばれた。本屋に行くたびにハードカバーを手にとって見ていたけれど、なんとなくいつもパスしてしまっていた。

僕はもともとミステリを中心にちょっと偏ったジャンルのものしか読まなかったのだけど、ここ数年、いわゆる普通の小説にも興味が湧き、ちょくちょく読んでいる。春ごろに読んだ第2回本屋大賞の「夜のピクニック」が抜群におもしろくて、またこの作品への関心がぶり返していたところだった。

まず一番魅かれたのはそのタイトルだった。リズムとしてとても収まりのいい言葉だけれど、なんだか意味としてつかめない。数式、という無味乾燥したようなイメージの存在を愛する博士。それが小説の題材になるだなんて、今ひとつピンとこないような。だからとても気になった。

先日いつものごとく本屋をぶらついていると、文庫本になっていた。あまりにも文庫化が早すぎる最近の傾向はどうなのか、なんて思いつつすぐに手に取りレジへ向かってしまった。

物語はある若いシングルマザーの家政婦の視点で語られる。
交通事故によって80分しか物事を記憶していられない初老の数学者の身の回りの世話をすることになり、その数字にしか興味をしめさない偏屈で風変わりな老人に息子のルートとともに魅かれていく、というのが物語の主なところ。

とてもおもしろい設定であるけれど、その描写はいたって淡々と静かなものでその文章の美しさにまずは引き込まれる。じんわりと心に染み入るぬくもりをもった言葉たち。

博士は数学の講釈を媒介にしないとなかなか人とも交わりをもてない厄介な性質を持っているけれど、その講釈の中にはキラキラとした情熱と真摯で純粋な精神が垣間見える。それの一つ一つを、主人公の家政婦は確かに感じとり、数学のおもしろさと博士の人としての素晴らしさを知っていく。

「正解だ。見てご覧、この素晴らしい一続きの数字の連なりを。220の約数の和は284。284の約数の和は220。友愛数だ。滅多に存在しない組合せだよ。フェルマーだってデカルトだって、一組ずつしか見つけられなかった。神の計らいを受けた絆で結ばれあった数字なんだ。美しいと思わないかい? 君の誕生日と、僕の手首に刻まれた数字が、これほど見事なチェーンでつながり合っているなんて」

そこには強烈なロマンチシズムと、プリミティブな学ぶことへの感動がある。いくつものエピソードが折り重なって、博士のその特異な愛し方がなぜだかとても暖かいものに感じられていく。
特に主人公の息子、頭が平らなことから「君はルートだよ。どんな数字でも嫌がらず自分の中にかくまってやる、実に寛大な記号、ルートだ」と名付けられたルートと博士の交流はまぶしいくらいに優しく輝いている。

お互いがお互いを理解しあうことが不可能な関係性が、話をとても切なくしている。80分しか記憶が持たない博士は翌日になると前日の記憶はない。家政婦の母子はたくさんの思い出を博士と作りながらも、毎日博士が初めて自分たちに会うことに注意して接しなければいけない。毎日記憶を失うことで、何が辛いのか、博士を思いやっているつもりでも、深く傷つけてしまったりもする。博士も気遣わせまいとする姿勢をみせる。そんな中で確かに育まれていくものをなんと表現したらいいのか分からないけれど、そこには確かに大切なものが存在していて、彼ら3人をしっかりと守るように包んでいるようだった。

全てが微妙で曖昧で、でも確かな関係性をもって、徐々に変化していく、その経過が丹念に丹念に描かれる。
ミステリのように展開や描写に刺激の多い小説を読んでる身としては、普通なら退屈に感じられるタイプの文章だけれど、不思議にぐいぐいと引き込まれ、最近では珍しいくらいハイペースで読みきってしまった。最後までそれほど大きな話の起伏はないのだけど、一つ一つのかすかな登場人物たちの心の揺れに、こちらまで敏感に共振させられ、夢中になって没頭してしまった。

個人的に根っからの理系人間ということもハマッてしまった一因ではあると思うけれど。

とはいえこれが骨の髄まで文系な書店店員さんが選ぶ賞に選ばれたのだから、この作品は誰にでもおすすめできる無敵の小説な気がする。

文字を読むだけで眠くなる人以外全ての人におすすめしたい暖かい傑作。
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by kngordinaries | 2005-12-10 03:36 | 小説
時生  東野圭吾
「あんたにいっておく。明日だけが未来じゃないんだ。
それは心の中にある。それさえあれば人は幸せになれる」

世の中、大体の物事は大体において、極端ではない。全てがまあまあかもう少しだ。

いつからだろう。この先の道が果てしなく感じられて途方に暮れるようになったのは。昨日と今日の違いが薄らいできたのは。やすやすと軽々と、壁を越えられなくなったのは。
いつの間に、こんなに空気が薄くなっていた?

時は戻らない。命は一つで、あなたはあなたで、他の誰でもなく、誰かから生まれ、誰かと出会い、誰でも、いつか終わりを迎える。

スケールの大きな話なんだと思う。なんだか難しい気もする。短い言葉では、受ける側の考え方一つで誤解が生まれやすく伝えられないなにか。
当たり前の本当のことを、伝えたい大切なことを、誰かに伝えたくて物語は生まれたと思う。まあまあや大体な現実のなかで見失いそうな何か、それをもう少し極端で整頓された世界のお話にすれば少しは伝わりやすくなるんじゃないか。多くの人に。そんな熱い気持ち。

「時生」は若くして生まれつきの病で死を迎える少年トキオが、若き日の彼の父親に出会うファンタジー小説だ。不幸な境遇に生まれ育ち、それが自分の人生をダメにしていると思い込んで無気力に生きる若き父とトキオは過去にさかのぼり出会い、それによって父親の生き方にすこしずつ変化が起きていくというストーリー。

元恋人の突然の失踪や、自分の産みの母親の隠された人生といったエピソードのなかで、生きるということ、時が過ぎていくということの意味を問いかけてくる。
難しい言葉は一つもない。2人の青年がそれぞれに悩みながらぶつかり合いながら、事態をなんとかしようと奮闘する姿が微笑ましく、楽しくページがめくられていくだけだ。
脇のキャラクタたちも関西弁のお水の女性とその恋人の黒人を始めとして愉快な人物ばかり。

それなりに長い小説だけれど、サクサクと読める。むしろ読んでいるあいだはおもしろすぎて、読み終わるのが惜しくて仕方なかったくらいだ。そしてそれだけ楽しくおもしろい話を技巧を駆使して作り上げてまで作者が伝えたかったことは、確かな手ごたえと感情の波となってガツンと伝わってきた。

難しい話を難しく語ることはあまり意味がない。楽しく心地よく文章を読みすすめることで、感じられるものがあるのであれば、そんな素敵なことはない。

大きな時間の流れのなかでの人の生き方を、俯瞰の視点からつぶさに観察し描写した、優しく前向きな思想を感じる娯楽小説の傑作。

冒頭のセリフ全文(ネタバレあり!)
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by kngordinaries | 2005-11-26 01:12 | 小説
容疑者Xの献身 東野圭吾
読後、ぐっちゃぐちゃな気分になった。

実に陰惨で救いがない話だと思う一方で、なんて純粋で真摯な犯人だろうとも思った。

物語の中心人物は石神という高校の数学教師だ。
いろいろな事情があり高校教師をしているけれど稀有な才能を持った数学者、という設定。彼が想いを寄せる隣室の女性が思いがけずに殺人を起こしてしまう。彼は自ら事件の隠蔽を買ってでる。

石神というキャラクタの特異さは物語の前半からはっきり提示されているけれど、話が進んでいくにつれその異常さとその決心の強固さがじわじわとみえてくる。その衝撃的なまでの愛情と献身は、とても低いトーンに包まれているこの小説にひりひりするような熱を与えている。
彼に対するのは物理学者の湯川。かつて学生時代友人同士だった2人が犯人と探偵となってその真相と対峙していく構図も悲しく、狂おしいほどにスリリング。


※この先、ネタバレがあります。読まれてない方は絶対に読まないでください。

ある種の究極を感じる小説
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by kngordinaries | 2005-10-21 01:43 | 小説
スピード 金城一紀
いつか、おまえのジュテ(跳躍)を見せてくれよ

「レヴォリューション No.3」「フライ、ダディ、フライ」に続く、「ザ・ゾンビーズ」シリーズ第3弾。今回の主人公は平凡な女子高生、岡本佳奈子。
普通の人生を歩んできた人が大きな壁にぶち当たり、ゾンビーズの手助けのもとそれを乗り越えていく、というストーリー展開は「フライ、ダディ、フライ」と同じだ。おなじみのゾンビーズの面々のやりとりもいつもどおりとびきりの面白さと味があって、早くもおなじみの定番シリーズとしてフォルムが固まったようだ。

そうなるとどうしても前作と比べてみてしまうのだけど、自分の娘に対して理不尽な暴力を振るわれた父親と、仲のよかった家庭教師の不可解な自殺に遭遇した女子高生ではどちらがドラマティックかというと、正直前者だと思う。しかも前作は80年代のスポ根もびっくりの肉体改造を行う主人公の努力があったけれど、今回の主人公はそれに比べたら大したことがないように見える。

しかし、読んでいるとそうでもないのだ。お堅い女子高の窮屈なコミュニティを突き破ろうとする勇気や、16歳の身で危険な道を選択するその度胸が、丹念にリアルに描写されていてとても切実で劇的に胸に迫る物語になっている。

「こんなもんか」
物語の途中で変わっていく女子高生は、それまでいた世界を俯瞰するようになる。全てが大した物じゃなかったように思えて「こんなもんか」と軽くいなしていく。それは一つの大きな成長だし、進歩だと思う。ただ、作者はそこで終わらせず、もうひとひねりした世界を見せる。物語の終盤、これから最後の冒険に出る直前、窮屈な世界にいるクラスメイトに対して彼女はこんな心境になる。
「みんなはこんな窮屈な場所で一緒に闘ってきたわたしの戦友なのだ。二度と、こんなもんか、なんて思わない」

その成長に一役買うのはもちろんゾンビーズだ。リーダー南方を中心に最高の不幸キャラ山下も絶好調。朴舜臣は今回もなかなか重要な役回りを演じ、対女性だからかずいぶん優しさも見せている。
しかし、今回の裏の主役はなんといってもアギーだろう。ゾンビーズのメンバーではなく、情報屋の一匹狼であり、超2枚目キャラの彼は情報屋としても主人公の成長を助ける役としても大活躍。母親も登場し、ゾンビーズよりも出番が多い印象。
「映画に出てくる主人公のセリフで、こんなのがあるんだ。『この世界で確かなことがひとつある。歴史もそれを証明してる。人は、殺せる』」
「で?」
「この世界で確かなことが一つある。歴史もそれを証明してる」
アギーがまたそこまでセリフを暗唱すると、車が赤信号で停まった。アギーはわたしを見て、続けた。
「女は、オトせる」
一瞬意識が遠のきそうになったけどどうにか堪えて続きを書きます。

ジュテとはバレエの跳躍のことで、昔のヨーロッパの階級社会の慣習や伝統を重力に見立て、それに逆らってどれだけ高く飛べるかに当時の観客は感動したのだという。
その話に象徴的なように、ゾンビーズシリーズ、というかデビュー作「GO」以来金城一紀の表現は一貫した伝えたいメッセージがあり、それはずっと風化しないようだ。目の前の壁を越えること。一歩、枠から出て行くこと。今回も平凡な女子高生の冒険を通してその想いはしっかり伝わってきた。

ただ、今回の話はサイドストーリーとしてあった主人公の家族の物語がいまいち全体に絡んでこなかったり、後半のクライマックスのゲーム性が薄かったようで盛り上がりが弱く感じたり、ちょっと残念な部分もあった。

ゾンビーズは永遠普遍のサザエさんシリーズのような設定じゃない。いつか彼らは高校生活を終える。自分達の強固な絆から離れた世界に出て行くことになるかもしれない。
そんな彼らの行く末まで親身になって心配したり、そこで展開されるであろう冒険に期待したりしてしまうくらい彼らにはまってしまうこと間違いなしの絶好調のシリーズ3作目。

「フライ・ダディ・フライ」のキャスティングでの映画化希望!
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by kngordinaries | 2005-09-27 02:14 | 小説