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アキハバラ@DEEP 石田衣良
「これはわたしの父たちと母たちの物語である。」

この小説はこの一文で始まる。
語り手は1人称のわたしなのに父と母が複数いるように受け取れる。ん?と思って次の文を読むとさらに魅力的な「?」が頭に浮かんでどんどんページをめくらされてしまう。
お見事、石田衣良。

無数の魅力的な「?」を提示するプロローグから本編に入ると、舞台は現代の秋葉原。
石田衣良という作家は、街の空気を表現するのがとても上手い。連続ドラマ「池袋ウエストゲートパーク」は若者文化と池袋の街のリアルを音楽と映像でちゃんと描いていたけれど、それは原作の世界感、ストーリー、道具だてがあってこそだった。今回も秋葉原という舞台を実にリアルに描写していた(僕は秋葉原に行ったことはないのだけど)。

主人公は「アキハバラ@DEEP」というITベンチャー企業のメンバー。吃音がひどくキーボードを通して会話をするリーダーでライターのページ、潔癖症、女性恐怖症でネットデザイナーのボックス、光や音に反応してフリーズしてしまうWebミュージシャンのタイコ、の3人。それに人生相談サイト「ユイのライフガード」を通して集った完璧な容姿をもつ格闘技好きのコスプレイヤーアキラ、中卒天才プログラマーイズム、引きこもり後、逆に出っ放しになった法律家ダルマの3人。もちろん全員本名ではなくてハンドルネーム。

これだけ奇抜な登場人物を使って描かれる物語は、とてもオーソドックスな青春物語だ。
みんなから愛されていた人生相談サイトの管理人ユイとの悲しい別れ、一丸となってAI型サーチエンジンの開発へのひたむきな取り組み、そして大成功を確信した矢先のあり得ない挫折と敗北、そこから立ち直っていく変化と成長・・・。道具立ては現代社会、秋葉原ならではのものでも芯をとおるものはとてもシンプルだ。
しかもメンバーそれぞれがもつ欠点を克服したり長所へ変容させたりするエピソードをうまく絡ませているのだから、文句なく楽しめる。

それと冒頭の1文からずっと貫かれる、地の文の書き手の設定がこの物語のおもしろさをぐっと引きたてていたと思う。
欲を言えば、最後のクルーク奪還作戦は最後に大きなどんでん返しがあったら、(私的な)小説の殿堂入りだった。しかもクルーク、いきなりあそこまで凄いことになるのはあり得なさ過ぎるし・・・。まあ、この小説が広い意味でファンタジー小説であることは、地の文が前半から示してはいたのだけど。

とにかく最初から最後まで、おもしろさのつまったいいエンタメ小説です。ネットをまったく触ったことのない人以外ならそんなにわけのわからない部分はないと思われます。

あとハードカバーの装丁、とてもよかった。
by kngordinaries | 2005-01-10 20:07 | 小説


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